Interview

2019/09/24
緩急走誕生秘話
  • 緩急走誕生秘話

左:TSテック商品開発部 郭裕之氏 右:一般社団法人世界ゆるスポーツ協会代表 澤田智洋氏
左:TSテック商品開発部 郭裕之氏 右:一般社団法人世界ゆるスポーツ協会代表 澤田智洋氏

 

対談:テイ・エス テック&世界ゆるスポーツ協会

「座る」を「楽しい」体験に。クルマにとどまらない愛されるシートの可能性

 

テイ・エス テック株式会社(以下、TSテック)と世界ゆるスポーツ協会(以下、ゆるスポ)は、2019年5月にシート技術と IoT を融合させた「愛されるシート」を活用した、誰もが座ったままで楽しめる新しいゆるスポーツ(※1)競技「緩急走(かんきゅうそう)(※2)」を開発・発表した。車両シートメーカーのTSテックがなぜ「緩急走」を共同開発したのか。その経緯や思いをTSテック商品開発部の郭裕之氏と一般社団法人世界ゆるスポーツ協会代表の澤田智洋氏に語っていただいた。

 

(※1)ゆるスポーツ:年齢や性別、スポーツの得意不得意、健常者と障がい者に関わらず、誰もが「ゆるっと」楽しむことができるスポーツのこと。

(※2)緩急走:TSテックと世界ゆるスポーツ協会が共同開発した座ったままで楽しめる新しいゆるスポーツ競技。「愛されるシート」をコントローラーとして使い、重心移動により画面の中にいるバーチャルランナーを動かして競争するスポーツ。

 

――愛されるシートが誕生したきっかけは?

 

郭氏:2016年、当時の社長発令での新魅力商品創出プロジェクトが始まりで、私がリーダーとなって取り組みました。プロジェクトでは問題解決型ではなく、ビジョンを起点としたバックキャスティング思考(※3)という手法を取り入れました。将来を考える学問を学び、さまざまな有識者の方と出逢い、私たちオリジナルのビジョンを形成した後、その達成に必要となる製品を企画しました。この延長線上で、愛されるシートが誕生しました。

 

澤田氏:企業内で、ビジョンを創ることを掲げた取り組みがあるのは良いですね。新しいものを創るには一見遠回りに見えることが近道につながることもあると思います。

 

(※3)バックキャスティング思考:将来のありたい姿・あるべき姿を起点として現在を考える思考法

 

 

――愛されるシートはどういうコンセプトで作られたのですか?

 

郭氏:私はシートを永く使ってもらいたいと考えていて、永く使ってもらうためには、「あのシートに座りたい」と思われるような「愛される存在」にならないといけない、そういう意味で「愛されるシート」と名付けました。愛してもらうためにシートで幸せを提供できる商品を目指して、「楽しむ」を切り口に、「座る」という体験に新しい価値をつけたいと考えました。

例えば、自動運転車の車室空間の再定義に取り組んでいる企業は多いと思います。車内で映画などが観られたり、仕事ができたりするというのは確かに新しいです。もちろんTSテックでもそのような研究もしていますが、「座る」意味自体は変わっていません。「座ることを『移動のため』から『楽しむため』に変えられたら、『座る』をリフレーミングできる、それがイノベーションだ!」と社内で話したんですが、当時は「評価が難しい」と冷ややかな反応でした(笑)。

澤田氏:見方を変えれば最高の褒め言葉ですね。何かを作り出す時に主流から逸れることは大事だと思います。今、スポーツ業界で流行っているのは最新テクノロジーやセンシング技術を使った観戦拡張やトレーニングで、もちろんこれは重要ですが、みんなが同じ方向に進んでいる気がしています。ゆるスポーツは、テクノロジーを使うなら新しいスポーツを作る方がいいと思って僕らは活動しているので、僕らも業界のトレンドや主流からは逸れている。良くも悪くも競合他社同士、イワシの大群で泳いでいると、Googleやテスラのようなクジラに食べられてしまうかもしれません。今の私たちは、群れから逸れた小魚同士が一緒に大海を泳ぎ始めているようなものと言えるかもしれません(笑)。逸れているというのは迷子になっているのではなく、私たちは進んでいる先に「美味しい何かがある」と確信しているんですよ。郭さんの場合はそれがビジョンなんだと思います。

 

――ゆるスポーツのコンセプトについて教えてください。

 

澤田氏:私はスポーツが苦手です。2013年の東京オリパラ招致決定を機に、スポーツを楽しめるようなことを考えようと思い、スポーツに関する文献を100冊以上読んで歴史を調べたところ、スポーツは元々deportare(デポルターレ)というラテン語が語源で、「日常から離れる」という意味があると知りました。つまり原始的にはスポーツは生きることの辛さを一瞬でも忘れるためのものだったわけです。ただ、近代のスポーツは、政治やマーケティングツール、コンテンツとして恣意的に使われ、私たちのような運動が苦手な人が取りこぼされてきました。そこで原点に戻ろうと「スポーツ弱者を世界からなくす」をコンセプトに、2015年に「世界ゆるスポーツ協会」を立ち上げました。4年の活動で誰でも楽しめる新しいスポーツを80競技ほど開発してきました。自分たちで開発したものが半分の40競技くらいで、残りは今回のTSテックさんのような企業との共同開発です。

 

郭氏:ゆるスポーツには、ユニークな競技がたくさんありますが、新しいスポーツはどのように開発してるんですか?

 

澤田氏:スポーツが苦手な人を設定して「この人が活躍できるスポーツを作ろう」と開発しています。ここで大事なのが、苦手な人の意見を単にヒアリングしても、本質にはたどり着けないと思います。ヒアリングってなんか身構えちゃうじゃないですか。だから、私たちは、その相手と友達になる。友達にしか話さないような悩みを聞いて、同じ目線に立って考える。その時はお互いの企業や社会的な属性なんて関係無い。一人ひとりに寄り添ってコンテンツ開発をすると、ユニークな課題が抽出されて、ユニークなアウトプットが生まれると思います。

 

郭氏:今回の緩急走でいうと、女性3人の車イスチャレンジユニットのBEYOND GIRLSさんは欠かせない存在でしたね。

 

澤田氏:そうです。スポーツコンテンツは誰と開発するかが重要で、彼女達には緩急走を3回ずつトライアルしてもらい、彼女たちが活躍できるように細かくチューニングして、5月19日の「ゆるスポーツランド2019」(※4)で参加者の皆さんに体験していただきました。結果、240名の参加者の中でBEYOND GIRLSのメンバーの一人が全体で二位の成績を収めました。彼女達を起点に開発したので、誰もが好成績を収められるようになっています。

 

(※4)世界ゆるスポーツ協会主催の公式イベント。2019年で4年目を迎える。イベントでは同協会が提供する40種目以上の中から20以上のゆるスポーツ競技を実際に体験ができる。

 

――「緩急走」共同開発のきっかけを教えてください

 

郭氏:愛されるシートの開発をしていた2018年の秋頃、偶然、「ゆるスポーツ」について澤田さんの講演を聞いたことが始まりでした。愛されるシートの普及には自動車業界とは違う新しいコミュニティが必要だと思っていた時で、障がい者目線のファッションショーやプロデュースに取り組まれている澤田さんにとても興味が湧きました。講演後すぐあいさつに行って、「愛されるシートというプラットフォームがあります。ただ体験への誘導と、それをもう一歩先に広げるコンテンツが無いんです!」とお話しました。

 

澤田氏:まるで湯気が出てそうなくらいのものすごい熱量で、郭さんが「愛されるシートを使ったスポーツコンテンツを考え始めている」と話しながら紹介動画を見せてくれました。「面白い」と思ったので、すぐに話が進みました。年明けにはトライアルをすることになり、「愛されるシート」を2脚積んだクルマで私の事務所までかけつけてくださって、いきなりクルマの中に通されたんです。その時点で無茶苦茶だなと思いましたよ、スポーツをするのにクルマに入るって(笑)。ただ、車内に設置された「愛されるシート」を体験して「これは新しい体験だ」と感じました。あとはコンセプトとUI(ユーザーインタフェース)をどう付随させるべきか、と考え始めました。

 

郭氏:そこから5月の「緩急走」完成発表までの数カ月間は、それまでぶつかっていた壁を一気にブレイクスルーした期間でした。リソースが限られている中、ゆるスポや澤田さんのコミュニティと出会って、私たちにはない視点と発想を取り入れることができました。良い技術も社会の評価なしには商品にならないし、愛されるシートでできることを増やしていかないと社会はこちらを向いてくれないので、一つずつ新しいコンテンツ作りを進めました。

 

澤田氏:私たち的には、“トップ”技術の“ポップ”化と言っていて、日本にはトップ技術がたくさんあります。世界最速や世界初だとか、ただ、トップだけでは社会に普及しなかったりするんですよ。なので、「トップ×ポップ」のポップの部分を私たちがやっている。例えると、優秀な人(モノ)を人気者にする。どう人気者にするかがポップ化です。この半年間は、「愛されるシート」のポップ化をお手伝いしたわけです。

 

――愛されるシートの今後について教えてください。

 

郭氏:愛されるシートは、社会的に意義のあることを増やして、コミュニティが生まれて、その中で技術が育つプラットフォームを目指しています。「座るを楽しむ」という概念が広がっていけば、それを使いたい人は増えると考えているので、必然的にビジネスにつながるはずです。思い描いた愛されるシートの可能性の実現に向けて地道に一つずつやっていくことが大事だと思っています。自動車領域にとどまらない、ヘルスケアであったりエンターテイメントであったり、新しいコンテンツを増やしたいですね。

 

澤田氏:コンテンツというものを考えた時、場所に依存するものとしないものに分かれます。例えば、場所に依存しない映像配信のようなサービスと、依存するテーマパークでは、各々どちらにも良さがありますが、忘れがたい体験・経験として、より強く記憶に残るのは場所に依存するコンテンツの方でしょう。そう考えるとシート自体が場所なので、「緩急走」のようにシートの上で何かをやることは、より記憶に残る経験になり得るわけです。シートデバイスを使ったコンテンツは、新しい経験として忘れ難い経験になる可能性があるし、ビジネスとしてもコアファンを作るチャンスがあると思っています。「場所そのもの」であるシートから始まっている時点で、愛されるシートはコンテンツとして面白いし可能性を秘めていると思います。そもそも人が休息するためのものから、人を健康にするものへとパラダイムシフトさせた時点で、すでにコンテンツとしての勝負に勝っていると言えるかもしれません。郭さんとしては、愛されるシートをどんなところで使ってみたいですか?

 

郭氏:クルマもそうですが、電車とかでみんなが椅子に座って楽しそうに体を動かしていたら面白いだろうなと思います。

 

澤田氏:私はクルマが案外良いんじゃないかと思っています。これは仮説ですが、日本人はシャイでFace to Faceで向かい合うのが得意ではない傾向があるため、同じ方向を見る方が人間関係構築には有効だと思います。例えば、以前は、縁側に座って景色を見ながら話したり、食卓では家族一緒にテレビを見たり、クルマも同じで、家族が一つの空間で同じ景色を見て感動を分かち合う機会がありました。しかし、クルマに乗っても自分のスマホを見ていて、コミュニケーションツールとして車室空間の価値を最大化できない状態です。たとえば、そこに「緩急走」が入ったら、クルマの本質的な、みんなが同じ方向、同じ景色を見るという価値をもう一度取り戻すことができるかもしれない。そんな価値を信じてやってみると面白いのではないかと思います。帰省ラッシュの高速道路で、イライラする渋滞中なのに車内でみんなが爆笑しているみたいな。

 

郭氏:良いですね。ひとと人をつなぐ、正に愛されるシートのビジョンです。

普及には、より多くの方々にシートを知っていただくことも必要です。TSテックでは今年10月の東京モーターショー2019に愛されるシートを展示する予定です。ぜひ実際に愛されるシートに座って、「座るを楽しむ」体験していただきたいです。