Topics

more

2021/01/27
フレイル予防に愛されるシートを活用、「座る」を「測る」で健康に
TSテック 商品開発部の郭裕之氏(左)と開発試験部の東洋祐氏(右)

TSテック 商品開発部の郭裕之氏(左)と開発試験部の東洋祐氏(右)

  • フレイル予防に愛されるシートを活用、「座る」を「測る」で健康に

テイ・エス テック株式会社(以下、TSテック)が独自開発した「愛されるシート」。このシートを活用して、座る力を「座位年齢」として測定するアプリを新たに開発した。 「座る」を測るとはどういうことか?また、社会に何をもたらすのか?
「座位年齢診断アプリ」の開発を率いたTSテック開発試験部の東洋祐氏と、アプリを取り入れた高齢者向け体験講座を共同開発した株式会社プレイケア(以下、プレイケア)代表の川崎陽一氏に愛されるシートのヘルスケア領域での可能性について語っていただいた。

「座る」を測る、「座位年齢診断アプリ」

――「座位年齢診断アプリ」について教えて下さい

東氏:このアプリは、座る姿勢、姿勢を保持する力、座りながら足を動かす力、この3つに着目して、愛されるシートが座る能力を測定し、TSテック独自の指標「座位年齢」として診断するものです。

椅子に座るときの姿勢には骨盤を後傾させて背もたれに寄りかかる「仙骨座り」と、骨盤を立てて座骨に座る「座骨座り」があります。仙骨座りは筋肉をあまり使わない姿勢のため楽なんですが、普段からその座り方をしている時間が長いと、徐々に筋肉が衰え、高齢になるほど座っているのも辛くなってしまい、寝たきり状態にもつながってしまいます。一方、座骨座りは骨盤を立てて座るため、足の付け根にある筋肉(腸腰筋など)や、上半身のバランスを取るために必要な呼吸筋など、さまざまな筋肉を使います。つまり、座骨座りは疲れる座り方ではあるものの、筋肉が鍛えられる健康的な座り方と言えます。

「座位年齢診断アプリ」では、愛されるシートに座骨座りで座って簡単な動作を約3分間行うだけで座位年齢の診断が可能です。診断は、座った状態での上半身と下半身のねじれ度合いや骨盤の後傾度合い、左右交互に膝上げ運動を行ったときの運動量を圧力センサーで測定します。測定データはアプリからクラウドに蓄積され、日々の変化を見ることもできます。 しかし、測定だけでは、座骨座りを促すには不十分ですので、この「座位年齢診断アプリ」を活用し、効果的なトレーニング方法と「座る」について楽しく学び、知識を深める体験講座をセットにした「座楽(ざがく)60分間プログラム」をプレイケアさんと一緒に開発しました。

TSテック東洋祐氏(左)と株式会社プレイケア代表の川崎陽一氏(右)
TSテック東洋祐氏(左)と株式会社プレイケア代表の川崎陽一氏(右)

 

――開発に至った経緯を教えてください

東氏:座る意味を変え、新たな価値や楽しみを提案するシステムとして開発した愛されるシートをヘルスケア分野で応用できないかと考えていました。TSテックは、60年にわたって自動車用シートを開発してきましたので、「座る」技術やセンシング技術の蓄積はありますが、ヘルスケア分野についてはノウハウなどが足りていません。そこで、パートナー探しも兼ねて2019年にスポーツ・ヘルスケアの展示会に出展し、そこで自治体や企業のヘルスケアコンテンツ開発を行うプレイケアさんに出会いました。

プレイケアさんは「楽しみながら高齢者の方に笑顔を届ける」を事業理念にされていて、それは愛されるシートの「将来、TS製品はひとと人を巡り合わせる(=仕合わせる)メディアである。個人・家族・社会・環境に幸せを提供する」という開発ビジョンにも合うことから、お声がけをしたのが始まりです。

川崎氏:プレイケアは玩具・ゲーム会社バンダイの社内ベンチャー制度を使って2003年度に法人化した会社です。「プレイケア」という言葉は「楽しみながら健康になろう」という意味の造語で、いわゆる子供向けゲームではなく、ヘルスケア領域で65歳以上の方々が楽しみながら健康になるようお手伝いをすることを事業としています。

近年、ヘルスケア分野で注目されているのが「フレイル予防」です。フレイルとは「虚弱」という意味で、要介護になる手前の状態を指します。2006年ごろ介護予防という言葉が誕生して介護認定者を減らすことで社会保障費の抑制を目指すという流れがあり、65歳以上の方々を対象に自治体を中心にフレイル予防の機運が高まっています。

フレイル予防のために「運動」「栄養」「口腔」「認知」「社会参加」の5つのチェック項目を定め、それを自分でチェックしながら健康を保てるように国が推進し、また産業界でもさまざまな製品やサービスが展開されている成長市場です。その中で、弊社はこれまで企業や病院、大学と共に、楽しみながら健康になるアクティビティを開発して、100社以上の案件を手掛けてきました。
TSテックさんからお話をいただき、愛されるシートはこのフレイル予防にもきっと活用できると感じ、体験講座の開発に至りました。

 

座位年齢測定アプリの画面

1日の多くを占める「座る」を計測したい

――「座位測定」という発想はどのようにして生まれたのでしょうか?

東氏:最初、川崎さんに「座位を年齢で表せたら面白いですね」とご提案を頂きました。それを聞いた時に、座位と年齢がどうしても結びつかなくて「何を測れば良いんだろう」と悩んだのを覚えています。社内で検討してさまざまなデータを取った結果、先ほど説明した3つの測定項目と年齢との関連性が見えてきたので、それを使って「座位年齢」を表現することにしました。

川崎氏:「座る」という行為は生活の中で多くの時間を占めています。高齢者の健康を考えたときに、「座る」ということを計測できるツールが欲しいとずっと考えていたんです。それで高齢者向けに「座る」を「測る」ことができる新しい製品のアイデアをお伝えしました。

東氏:プレイケアさんは高齢者施設の運営や、モノとコトを掛け合わせたアクティビティを多数開発していて、TSテックにないアイデアやノウハウ、リソースをご提供いただけるため、非常に心強いです。「座位年齢測定アプリ」の開発では、持ち運びができるコンパクトな愛されるシートを新たに開発し、それをプレイケアさんが運営する地域コミュニティである「通いの場」の椅子に取り付けて実際に使っていただいて、座位を測定する実地検証を重ねました。

川崎氏:現在、福祉分野では団塊の世代が後期高齢者になる2025年までに在宅でいながら医療・介護・調剤などの各種サービスを提供できるように整備が進んでいるのですが、その中の施策の一つが「通いの場」です。「通いの場」の定義は「週1回通うことができること、運動機能向上のためのプログラムをしていること、移動が15分圏内」の3つで、現在、全国に約10万6,000カ所あります。デイサービスの休館日や調剤薬局のアイドリングタイム、老人ホームの一角など、地域の色々な場所が「通いの場」と化しています。この「通いの場」とフレイル予防はセットになっていて、この場を活用したセルフケア・自助の支援に取り組んでいます。プレイケアでも全国31カ所の「通いの場」を運営し、年間約3万人の方にご利用いただいています。

新たに開発した持ち運び可能なコンパクトな愛されるシートと「座位年齢測定アプリ」
持ち運び可能なコンパクトな愛されるシートと「座位年齢測定アプリ」

10週連続で実地検証、高齢者の生の声を反映する

川崎氏:2020年10月から週1回、高齢者の皆さんに「座学60分間プログラム」を10週連続で体験いただく実地検証をしました。60分間プログラムでは、ただ座って測定するだけでなく、TSテックさんが開発したランニングアプリや座禅のアプリも合わせて体験いただきました。そこで高齢者の方々の生の声を東さんにお伝えすると、翌週には改善してくださり、また翌週それを使ってみるというのを繰り返しました。参加者の皆さんもすごく真剣に、楽しそうに取り組んでくださって、中には開発者の一員になった気分で厳しい意見を言ってくださる方もいました。

東氏:実地検証には、弊社の開発メンバー以外も参加したんですが、若い人には簡単な動作でも高齢者だと苦労する様子や、愛されるシートをすごく楽しんで使われている姿を見て、「高齢者がゲームやスポーツをすることの意義が深く理解できた」、「愛されるシートが新しい体験価値や社会貢献に繋がっていると感じられた」という気づきも多かったと聞いています。私たちはBtoB企業なのでエンドユーザーと直接触れ合う機会が少なく、また、自分たちだけではそういう場所を見つけることは難しく、非常に貴重な場となりました。

川崎氏:全国で「通いの場」の数は増えていますが、2018年度の厚労省の調査によると、参加率は約5.7%でとても低い状況です。参加者の皆さんも、毎回同じことを繰り返していると飽きてしまうので、さまざまなアクティビティを開発して提供し続けることがわれわれのミッションでもあります。「座位年齢測定アプリを使うと、自分の現在の状態が見られるし、運動などで数値は改善できる」という話をしたところ、参加者の反応は非常に良かったです。また、その様子を見た自治体の職員や施設責任者も「これまで見たことがない取り組みで、今後広げていきたい」と賛同の言葉も頂きました。

――実地検証の手応えは大きかったようですね。

東氏:大変貴重な機会でした。実地検証では、施設にある椅子に愛されるシートを取り付けたんですが、今回体験いただいた方々は小柄な女性が多く、シートに座ると地面に足がつかなくて、その状態が怖いとおっしゃっていました。高齢者の方は足がつかない状態は非常に不安なんだというのが、現場で気付かされた点で、今後、高齢者の体格に合わせたサイズ調整の必要性も感じました。

川崎氏: 高齢者の場合、腸腰筋や胸回り・背中回りの筋肉が落ちてくると、だんだんと姿勢を維持できないようになっていき、一人で座ることができなくなります。「いつまでも自分で美しく座れるためには、腸腰筋を含めた筋肉を鍛え、維持する必要がある」と啓蒙活動をするためにも測定が必要でしたが、それが今まではありませんでした。でも「座位年齢測定アプリ」があれば、言葉で伝えるだけでなく、「腸腰筋を含めた筋肉を鍛える運動のために、こういうゲームやアプリがある」と実際に見せられるため、高齢者の方にも「座るという行為には、楽なのと鍛えるのと両方がある」と、筋力維持の重要性とその方法を、より深く理解してもらえると感じています。

座位年齢測定アプリの体験中の様子
座位年齢測定アプリの体験中の様子

体重測定のように座位測定が日常化する社会に

――今後の計画、将来のビジョンを教えてください

川崎氏:650万人の要介護認定者を含め、65歳以上人口の3,500万人にとって健康的に美しく「座る」ことの啓蒙や「座る」を「測る」ことへのニーズは高いと思いますし、高齢者に限らず全世代が対象になるはずです。姿勢が良いと集中できて学習能力が上がるとか、長寿に繋がっていくとか、まだ確かなエビデンスはないですが、若い世代に発信することも見すえて研究していく必要性はあると思います。

今回、「座る」を測定することを織り込んだ新しいアクティビティを開発できましたが、今後はこれをどう日常化していくかが課題だと考えています。「座る」を軸に日常生活を見た場合、基本的に食事の時間帯は座っていますよね。口腔ケアや歯科医師などによると、姿勢が良いと消化が良くなるそうなので、今の「座位年齢測定アプリ」が完成した後には、食事の時間だけ座骨座りをしようという食育・文化の提唱などもしていきたいと考えています。

TSテック 開発試験部の東洋祐氏(左)と商品開発部の郭裕之氏(右)
TSテック 開発試験部の東洋祐氏(左)と商品開発部の郭裕之氏(右)

今までヘルスケア領域では体力測定は5項目、口腔機能・認知機能、などの項目しか測定していませんでした。運動や脳トレ、栄養、口腔体操などはありましたが、今もまだ「座る」と言う視点は全く意識されていません。これまで誰も測ったことがないという意味で、「座る」の可能性は無限大です。体重計のように毎日座位が測れて、そのデータが溜まっていくようなデバイスゾーンを開発し、日常化していけたらと思います。日本人は1日24時間のうち平均約60%は座っているので、日常的に測ってセルフケアしていくこと、これを5年10年かけて啓蒙して、座位も健康診断の時に測定する項目の一つになるような社会を目指していきたいですね。

東氏:続けて測ることで座位年齢の変化が見えて、筋力低下なども見えてくるはずなので、今後は筋力を低下させないで維持する、向上させるようなアプリケーションも開発できればと考えています。体脂肪計で体内年齢を毎朝測るような感覚で、日常生活で座位年齢を使っていただけるようになってほしいです。これからますます高齢化が進み、健康寿命の重要性が叫ばれると思うので、「座位年齢」のフレイル予防への活用をどんどん広げていきたいです。今回の開発を通じて、「座る」にはさまざまな可能性があると改めて感じており、今後も愛されるシートを活用して、社会課題の解決につながる新しいチャレンジをしていきたいです。